初心者向け格安ギターとバンドメンバー募集のグローバルサウンド新宿
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バンドメンバーを募集する バンドのライブチラシ作成 音楽コラム

「拒否反応」を「絶賛」に変えるスタッフの熱意

とある春。あるレコード会社が主催したヴォーカルオーディション。
これに送られてきた一本のカセットテープから、ドラマは始まった。
六〇年代のフォークグループのヒット曲が、全くのアカペラで聞こえてきた。
しかもほとんど原形をとどめていない歌い方。
まるで、パンクバンドのヴォーカルだけを取り出したかのようなインパクトがあった。
ほとんどのスタッフは、いやなものを聴いたかのように、露骨に拒否反応を見せていたが、その中でただ一人、佐藤だけは目を輝かせていた。
彼は、パックやオルタナティブと言われるロックにのめり込んでいたのだが、家で聴いていたのは、
すべてアメリカやイギリスのアーティストで、日本のロックを聴くのは仕事だけだった。
しかも、「ロック」というには恥ずかしいようなアマチュアのデモテープばかりを聴く毎日は、苦痛の連続でもあったのだ。
あこがれてようやく入りこんだレコード会社で、約一年間この仕事を続けていたが、
あまりにもつらい日々の連続に、そろそろ転職しようかと迷いはじめてもいた。
夢と現実のギャップにほとほと疲れはてていた矢先に聴いたのが、十七才の女の子が歌う、この曲だった。
このオーディションでは、上位に入賞すると、デモテープを録音したり活動資金の一部が毎月支給されるという特典があるのだが、
それはすべて、審査するスタッフの合議制の結果である。
佐藤一人が盛り上がっている「F」については、いい結果が出るはずもなかった。
しかしそれから、そんなルールを無視しての、彼の孤軍奮闘が始まった。
Fは沖縄に住んでいた。オーディションに送られてきたテープは、Fのバンド仲間が送ったものだった。
この一本のテープが、海を越えて、ロックを愛する一人のスタッフを熱くさせたのだ。
他の仕事を利用して、佐藤は沖縄へと飛び、限られた時間の中でミーティングとデモテープ制作を進めていった。
みずから8ミリビデオを使って、プロモーションビデオも作ってしまった。
どれもがチープでシンプルなものだったが、誰にも負けない愛情がこもっており、パワーがあふれていた。
これらの素材はレコード会社のディレクター全員に配られたが、
オーディションのときに続き、ただ一人熱いラブコールを送ったのが、スピードスターに所属する寺田ディレクターだった。
寺田は、制作ディレクターとして七年間、多くのロックバンドを担当してきた。
ヒット曲の実績もあったが、時代の移り変わりとともにそれらの多くは解散してしまい、ここ最近はもっぱら新人を探す毎日。
彼のイメージは、斬新な感覚でポップスを歌える女性ヴォーカリストだった。
それも、耳ざわりのいい既製のポップスではなく、何か型破れな感性を持つシンガー……。
寺田は学生時代、ドラマーとしてのライブ経験を多く持ち、バンド仲間でプロになった者も何人かいる。
そんな音楽仲間とのつきあいからも、日本のロックの変貌を感じていた。
七〇年代後半のアヴァンギャルドな匂いを持つポップス、その再来を期待する声が、若いファンから聞こえてくるような気がしていたのだ。
自然なキャラクターが生み出す斬新なポップス。
これが、寺田の新人イメージであり、佐藤が熱い思いとともに持ってきたFのカセットとビデオは、まさに、そのイメージ通りの内容だった。
この日から、佐藤と寺田の二人三脚が始まった。
沖縄のFと彼ら二人は、毎日のように電話で話し合いをくり返し、資料の音や歌詞が郵送された。
このころ、僕も、デモテープ作りのために上京したFに紹介された。
僕と彼女の会話は、全く成り立たなかった。
音楽への思いを聞き出そうとする僕に対して、彼女は全く無反応だった。
「音楽でもダンスでも、何でもいい。自分が感じたことをそのまま出しているだけ」。
話は、僕が期待した核心を遠ざけたまま終わった。
音楽に打ち込んでいるべき、という僕のアーティストイメージが、こっぱみじんに粉砕されたかのように感じた。
僕は「無理だ」と寺田に宣言した。
しかし、僕のなかには、強烈な印象が残った。
六か月後、寺田は新しいデモテープを持ってきた。
以前よりもさらに強烈なFのヴォーカルが聞こえてきた。
まわりの若いスタッフは、もうFを絶賛する声でいっぱいになっていた。
宣伝担当をみずから志願するものまで現れた。
マネジメントを希望する事務所からの問い合わせも相次ぐようになっていた。
二度目に会った彼女は、しかし変わってはいなかった。
今までに出会った多くのアマチュアアーティストとは全く違った会話が再現した。
Fの音楽が、日常の生活から生まれていることは明らかだった。
僕はもう、寺田と佐藤が作りだした熱気と彼女が持つエネルギーを止めることはできなかった。
ひょっとしたら、という予感は、その後のFのライブを見て、確信に変わっていった。
アラニスモリセット、シェリルクロウといった新しいスタイルの女性シンガーが、次々とブレイクし始めたのは、まさにこのあとのことである。