初心者向け格安ギターとバンドメンバー募集のグローバルサウンド新宿
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バンドメンバーを募集する バンドのライブチラシ作成 音楽コラム

フライングーキッズについて

一九八九年。このころ、東京の原宿をはじめとして、各地の歩行者天国ではストリートライブが真っ盛りだった。
いわゆる、ホコ天ブームといわれた時期である。
ロック、ダンスパフォーマンスのグループとそれを見に来た観客で、週末の原宿は、警備員も動員されるような大混乱ぶりが見られた。
バンドのメンバーは、前日から泊まり込みで演奏する場所を確保し、ポータブルの発電機を持ち込んでアンプをガンガン鳴らした。
観光名所のようになり、地方から訪れる人も多く、その人数に比例してアンプの音量もますますエスカレートしていった。
ここからプロとしてアーティストや役者になり、その後も活躍している人はいるが、
そのほとんどは、一気に盛り上がったあとすぐに消えていった。
デビューと同時に武道館コンサートのチケットを売り切ったバンドも現実にいたのである。
そんな中で、オーディションを目的にしたテレビ番組も数多く放送されはじめていた。代表的な番組が、
TBSで始まった「いかすバンド天国」、略して「イカ天」である。
最初は東京だけの放送だったが、次第に評判となり、全国的な番組に拡大していった。
三か月単位でチャンピオンが選ばれたが、第一回目のグランプリを獲得したのが、
ブラックミュージックをペースにした七人組のロックグループ「ブラインダーキッス」だった。
「幸せであるように」という彼らの曲は、鬱積した若者の気持ちを代弁する歌として、またたく間に大きな支持を集めた。
デビューも決まり、渋谷公会堂でのワンマンコンサートも大成功であった。
学生バンドとしてスタートしていた彼らには、アマチュア時代からの熱心なファンも多く、
その素人っぽさもむしろ新鮮で、彼らの音楽の魅力になっていた。
僕の推測であるが、この急激な生活の変化のなかで、彼ら自身は悩んでいたのだろう。
ライブでは実にみごとな演奏を繰り広げていたが、レコードの売上げは急降下を始めていた。
テレビの番組で一気にふくれ上がったファンは、オンエアされた曲「幸せであるように」のファンであり、
そのデビュー・シングルとファーストアルバムこそ大ヒットしたものの、
ブラインダーキッスというアーティストへの認識はほとんどゼロだったのだろう。
この曲を聴くために一時的に群がり、盛り上がったファンは、他の曲には不思議なくらい冷淡であり、
ましてや、フライングーキッズというバンドの、あのすばらしい音楽性とキャラクターには全く関心を向けなかったようである。
テレビという最大の情報メディアの影響力と過密な情報量は、あたかも、流行の先端を映し出しているように見えているが、
その次の瞬間にはさらに新しい情報を送りだし、数秒前の情報すら、早くも陳腐なものに老化してしまっている。
常に新鮮なものを求めるのは、ごく自然なファン心理である。
アーティストを理解して好きになるという能動的なエネルギーを使うよりも、
目の前に映し出された一曲をごく自然に受けとめるほうが楽なのはあたりまえであり、その軽快さがテレビの大きな魅力でもあるのだ。
アーティストの実績とキャリアがすでに独自のキャラクターを確立しているときには、
一曲を一般大衆にものすごいスピードで広めるメディアとして、テレビは絶大な威力を発揮する。
しかし、ブラインダーキッスの場合、最初についたテレビからのファンは、次のアイドルを見つけて早くも移っていったのだ。
この時点で、解散したり、音楽をやめたりという挫折するミュージシャンが多かった時代である。
しかし、彼らは違っていた。学生時代からつちかわれたチームワークにより、ブラインダーキッスをよみがえらせたのは、
一九九四年の「風の吹き抜ける場所へ」という、まさに彼らの気持ちをストレートに表現したヒット曲の誕生だった。
ブラインダーキッスの再生と成功の例は、音楽活動を長く続けて実を結ぶ、すべてのミュージシャンに当てはまる教訓になると思う。
持続力と、チームワーク。メンバー間のチームワーク。
メンバーとスタッフのチームワーク。
ロック、ポップスという音楽ジャンルは、アーティストの才能がすべてを左右する世界だから、
持続力とチームワークという二点は最大の武器だといっていいだろう。